朝の空気は気持ちいい。真昼に比べ気温も低く、身体全身に受ける風がなんだか涼しく思えた。隆也の自転車の荷台から見る景色は、なぜかキラキラして見える。
フ、と目に入った公園では小学生たちがラジオ体操をしていた。目が合った小さい女の子に手を振ると、振り返してくれる。なんだか今は、世界全部が幸せに見えた。
「ふふふー」
「、キモい。」
「な、隆也ひどい!」
自転車から降りた後も顔をだらしなくにやつかせていたら、隆也にそう言われた。マンションの駐輪所から2人でエントランスへ歩いていく。お昼には隆也の家族が車で迎えにきてくれるから、それまでに旅行の準備を済ませなくちゃいけない。何を持っていけばいいのかいまいちわからない、と言ったら、隆也が必要なものを教えると言ってくれた。というわけで、今こうして2人でマンションへ戻ってきたのだ。
―ピンポーン
準備をしていたら、インターホンが鳴った。リビングから『俺が出る』と隆也が大きな声で言ったので、そのまま気にしなかった。少しして、隆也が玄関から出て行こうとする。
「どこ行くの?」
「下。ちょっと用事思い出した。」
「ふーん。あ、さっきの誰だった?」
「…新聞の勧誘!じゃ、行ってくる。」
「あ、鍵持ってって!一々インターホン鳴らすのめんどくさいでしょ。」
「どこ?」
「テーブルの上!」
部屋からそう叫ぶと、廊下を走る音がした。すぐに、行ってくる、と隆也が家から出て行く。一気に家の中がシーンとなった。なんか、寂しいな。私は寂しさを紛らわすようにクローゼットの中の洋服を取り出した。
「ただいま。」
「遅い!」
ガチャン、と玄関のドアが開く音がしたのは、それから1時間も後のことだ。私は部屋から急いで玄関に行く。すると、玄関には驚くべき光景があった。
そこには隆也ともう1人、父さんがいたんだ。
「、昨日俺に言ったこと、全部お前の父さんにも言え。」
扉の向こうで隆也がそう言った。ドアにもたれかかったままの私は、そのまま座り込む。私は父さんと顔を合わせたくなくて、思わず部屋に逃げ込みドアを閉めたんだ。ドアの向こうには、きっと困った顔の父さんがいる。
私って本当に、子供だ。父さんのたった一言に怯えて、逃げてる。
ドア越しに隆也の溜息の音が聞こえてきて、私は泣きたくなった。
「俺、さっき出かけてただろ。お前の父さんと話したんだよ。」
「、このままでいいから、聞いてくれ。父さんはに戻ってきてほしくないなんて思ってない。」
隆也の声と父さんの声。私は耳を傾ける。
「、は父さんの大事な娘だ。1人暮らしだって、本当は反対したかった。けど、お前が言うなら、と思って賛成したんだ。戻ってきたいなら、いつでも戻って来ていいんだ。妻も今はああ言ってるが、きっといつかわかってくれる。私は息子も、も同じように愛してる。」
父さんの言葉に、私は涙を流した。ドア越しに父さんが私を呼ぶ優しい声が聞こえてくる。涙が止まらない。よかった、私は要らない子じゃなかったんだ、そう思ったら、自然とドアをあけて父さんの胸に飛び込んでた。
父さんは私の頭を優しく撫でて、私の名前を呼ぶ。久しぶりに、父さんの手のぬくもりを感じた。隆也の手よりも大きくて、もっとゴツゴツしてる。でも、やっぱり隆也の手の方が、好きかな。そう思って、私は父さんを見上げた。
「まったく、は勝手に勘違いして…、本当に世話のかかる娘だね。」
父さんはそう言って苦笑し、私のおでこにキスを落とした。すると、いきなり隆也が私と父さんを引き離す。
「見せ付けないでくれますか。」
隆也はそう言って、父さんを睨んだ。父さんは苦笑いをして、そうだったね、今は君がいたな、と呟いた。隆也は面白くなさそうな顔をする。
あ、もしかして…やきもち妬いてくれてる?
そう思うとおかしくて、私はふふっと笑った。隆也はチッと舌打ちをして、私の頭をコツッと小突く。なんだか気持ちの中が幸せでいっぱいだった。
キラキラの世界