綺麗な世界へのチケット




「あ、降谷くん。見て、あの雲、まん丸。」
「本当だ…ボールみたい。」

私が言った言葉に、まったくもって降谷くんらしい言葉が返ってきた。本当に野球が好きなんだね、と言えば、うん、とすぐに返事が返ってきた。降谷くんは野球部で、しかも寮暮らし。平日はもちろん休日も全てが野球に使われているため、こうして学校が終わった後の校門までの帰り道5分間だけが私と降谷くんのデートコースだ。満足、と言えば嘘になるけれど、物足りないなんて言えない。こうして毎日一緒にいれる時間があるだけありがたいのだから。私はそんなことを考えながら、さっき降谷くんがボールみたいと言った雲が風に流され形を崩していくのをぼんやりと眺めていた。

「ねぇ。」
「え?なぁに?」
「…なんでもないや。」

不意に降谷くんの声が聞こえ、雲から目をそらし降谷くんを見る。すると、降谷くんは私の顔を見てすぐに私から視線をはずす。降谷くんの視線の先には私がさっき見ていた雲があって、私はまたそれに視線を戻した。

「…え?」

雲を眺めながら歩いていると、左手が何かに包まれた。驚いて見ると、何かの正体は降谷くんの右手だった。私は驚いたまま降谷くんの右手と降谷くんの顔を交互に見る。

「えっと、降谷くん、さっきのってもしかして、手を繋ぎたかったってコト?」
「…違うよ。僕は別にどっちでもよかったんだけど。君の手が、寂しそうだったから。」

降谷くんはそう言って、嫌なら、手、離すけど、と付け足した。私はあわてて首を左右に振って、降谷くんの右手をギュッと握り返す。すると降谷くんは、そう、と私の反応を見て言い、やんわりと微笑んだ。私はそんな降谷くんを見て、ドキドキと心臓の音が早くなっていくのを感じた。フ、と見た空が、さっきよりも全然綺麗に思えた。