「寒いから閉めろって。」
「嫌。」
孝ちゃんの部屋は私が侵入したときものすごく温かかった。
何故って、部活から帰ってきた孝ちゃんが即行で暖房をかけたから。
そんな孝ちゃんの部屋は今、とてつもなく寒い。
何故って、私が窓を開けっ放しにしているから。
孝ちゃんはさっきまで寝ていたけれど(部活で疲れていたらしい、野球部って大変だ)、寒さのせいで目を覚ました。
目を覚ましてから孝ちゃんはずっと『窓閉めろ』と言い続けているけれど、窓の前に立っている私がそれを拒み続けていたから、窓は開いたままだ。
「つーか、いきなりなんだよ。」
「別に、なんでもないよ。ただ、開けてみたくなっただけ。」
「…特に理由無いのに俺を凍死させようとしてんの?」
「このくらいの寒さじゃ凍死しないでしょ。だって考ちゃんだし。」
私がそう言うと孝ちゃんは『俺はどんな奴だと思われてんだよ』と言いながら眉間に皺を寄せた。
私はそんな孝ちゃんを見て溜息をつき、そのまま窓の外へと視線を戻す。
隣の家の低い屋根の向こう側は何も見えず、真っ暗だった(道路の近くだけは街頭のおかげで明るかったけど)。
私は闇のずっとずっと遠くをただ呆然と見つめていた。
「何見てるわけ?」
孝ちゃんは私の隣に来て私と同じように外を眺める。
「って、何も見えなくねぇ?」
「世界の裏側を見てたの。」
私は孝ちゃんを見ずにそう言った。
孝ちゃんがハァと溜息をつく音が聞こえてくる。
きっと孝ちゃんは私のことを変な子って思ってるんだろう。
…いや、その通りだけど。
「お前、また変なこと考えてるわけ?」
「変なことじゃないよ。
ただ、私と孝ちゃんがこうやって話してるとき、世界の裏側では何が起こってるんだろうって思ったの。」
「ふーん。でもそれって窓閉めてでも出来るじゃん。」
「うん、そうだね。」
「じゃあ、開ける意味は?」
「たぶん無いよ。」
私の言葉を聞いた瞬間、孝ちゃんの腕が窓に伸びた。
私はその手を止めて、嫌だよ、と呟く。
すると孝ちゃんはいよいよ私が何を考えているのかわからない様子で、私の肩を掴んで私の身体を孝ちゃんのほうへと向けさせた。
「、わけわかんない。」
「私もわかんない。」
「はぁ?」
「…ねぇ、孝ちゃん、私と孝ちゃんって何だと思う?」
「……幼馴染とかじゃねぇの?」
「………うん。そうだよ。私と孝ちゃんはいつまでも幼馴染だよね。」
「だろ。」
孝ちゃんの言葉を聞いて、私は嬉しさ半分哀しさ半分の妙な気持ちになった。
きっとこれは、孝ちゃんに言ってはいけないことだ。
私は孝ちゃんの顔を見て、それからまた窓の外を眺めた。
「…?…なんで泣いてんの。」
「ねぇ、孝ちゃん。きっと今世界の裏側でね、恋人たちが幸せそうにキスしてるよ。」
「はぁ?」
いつのまにか流れてきた涙の理由を、孝ちゃんには言えない。
越えられないライン
(それでも私たちは、恋人にはなれないし、キスも出来ないんだよね)