いきなり障子が乱暴に開かれ、そのまま元就様がツカツカと私のもとへ歩いてきた。
貝合せのために座っていた私の目の前にやってきたかと思うと、乱暴に私の腕を掴む。
私はいきなりのことに驚き元就さま?と声を漏らした。
「我は許さぬ。」
静かに言われた言葉に私はビクリと肩を震わせた。
元就様は冷ややかな指を私の手首に絡めたまま私を見据える。
爪が手首に食い込んでいるのが痛いほどわかった。
元就様が何に対して怒っているのかわからない私はただそんな元就様を恐る恐る見上げることしか出来ない。
「元就、さま?」
「我は、許さぬ。」
名前を呟くように呼べば元就様は再度同じ言葉を口にした。
私はもう本当に何がなんだかわからずにただ元就様を見上げる。
その瞳に映る不安の色が私に訴えかけるように見える。
よくよく見てみれば、今の元就様は迷子の子供のように感じられるのだ。
「どうしたのですか?」
「…長宗我部が、貴様を欲した。」
「長宗我部様がですか?」
「さに。我はもちろん断った。が、貴様は長宗我部の元へ行きたいのではと考え付いた。」
ああそれで、と私は妙に納得した。
そういえば先日長宗我部様がやってきたときに一度だけ言葉を交わしたことがある。
長宗我部様は海を見たくないかと笑いながら聞いてきたのだ。
私はその時見てみたいがその時は元就様と共にと言ったが。
その長宗我部様が、私を欲したとは、はてどういったことなのか。
しかしそれで元就様が不安になったのならその不安を取り除くのが私の役目だ。
「元就様の元を離れてまで行きたいとは思えません。」
静かにそう言えば、元就様はやっと安心なさったようで瞳から不安の色が消えた。
私は元就様を見上げる。やっと手首を離してもらえたかと思えば、手首には赤い線が4本残っていた。
爪の跡…と小さく呟いたのが元就様に聞こえたのか、私の目の前に座った元就様は私の腕を掴んでその手首を乱暴に見た。
「…すまぬな。痛くはないか?」
「いいえ。痛くはありません。それに、元就様がお付けになってくれた跡、ですもの。」
笑ってそう言えば、元就様も不敵に笑いそうであろう、と答えた。
さっきまでの不安そうな面持ちはどこへやら、その自信に満ちた表情に私は安堵の笑みを浮かべる。
元就様は私の横に広げられていた貝合せのための貝殻をちらりと見やる。
「貝合せか。久しくやっておらぬ。」
「そうなのですか?」
「なんだ、貴様は一人でやっておったのか。」
「えぇ…皆相手をしてくださらないので。」
「そうか。」
静かに元就様は言って、そのまま私の横から貝を拾うように手にとる。
そして、それをコトリと私と元就様の間に置いた。
丁寧に並べられていく貝殻を私はただただ見るだけだ。
「あの、元就様?」
「我が付き合うてやろう。」
「え?」
「気に食わぬか。」
聞くわけでもない口調に思わず笑みがこぼれたわけで。
私はいいえと首を振って、貝を一枚手にとった。
その中の絵柄を見て、チラリチラリと他を見やる。
一枚、また一枚と見ていくうちにやっと同じ絵柄が見つかった。
「貴様は、我がおらぬ時はいつもこうして一人でいるのか。」
「えぇ。元就様を待つ間は、一人ですね。」
「…寂しくは、ないか。」
元就様は私を見るわけでもなく自分の手にもった貝と同じ絵柄の貝を探しながら静かに聞いた。
その言葉に少しの間だけ沈黙する。
けれど、私は笑っていいえと答えた。
「貴様は、我とおれば幸せか。」
「はい。幸せにございます。」
「我もだ。」
元就様は静かにそう言って、私の髪を優しく撫でた。
元就様の手のひらから落ちた貝がカツンと床に落ちる。
私は元就様の手から落ちた貝を見つめ、その手の暖かさに目を細めた。
その眸に色褪せるなら
(世界が崩壊したって貴方がいれば構わない)