「てーつ!朝練お疲れ、今日も目標に向かってがんばる哲、かっこよかったよ!」


部室のほうから歩いてきた哲にタックル…いや、抱きついて私はそう言った。抱きついた瞬間、土のにおいが私の嗅覚を支配した。こっそりと哲を見上げれば、哲の微笑み(他の人から見たらいつもと変わらない表情らしいけど、私にはわかる、あれは、微笑だ)が今度は私の視界を支配した。おはよう、と哲の少し低い声が聞こえて、私の聴覚までもが支配される。哲は、さしずめ私と言う人間自体を支配している。私の細胞一つ一つに哲の存在が染み込んでくる。不思議。私は心の中で呟いて、瞳を閉じた。哲の温かさが、春の陽気と重なり私に心地よさを与えてくれる。


「哲、あったかーい。」
「なんだ、寒かったのか?」
「違うよ。」
「…?」
「哲、乙女心がわかってないねぇ。」
「…すまない。」
「謝ることじゃないよ。それに、私、そういう哲も含めて好きなんだから。」


にっこり笑って言うと、哲は私の頭を無言で撫でてくれた。私は哲の厚い胸板におでこを摺り寄せてえへへと笑う。


「幸せ。」
「そうか、よかったな。」
「哲は幸せ?」
「あぁ。」
「おそろいだね」


小さく笑って、哲の顔を見上げる。目が合って、嬉しくて恥ずかしくて、はにかんだら哲は私から目をそらす。こっそり見えるほっぺたがちょっとだけ赤くなってて、あ、照れてるんだ、と理解できた。部室のほうから他の部員の子たちが歩いてくるのが見えて、私は哲から離れる。


「ね、早く教室、行こう?」
「あぁ。」
「今日は一時間目、古典だよねー。私、古典嫌いだなぁ。」
「そうか?面白いと思うが…。」
「えっ?!嘘、面白い?……哲が言うなら、うーん、がんばって面白いと思えるようになりたいな。」
「…そんなことをあわせる必要はないんじゃないか?」
「だって、同じものを面白いと思える、なんてすっごく幸せだよ。」


私の言葉を理解できなかったのか、哲は眉間にしわを寄せた。言葉が足りなかったのかな、と私は頭を回転させた。


「つまり、同じ世界を見れる、見たいな感じかな?同じ視線でものを見れるって事じゃない?それって、嬉しい。」
「そういうものなのか?」
「だって、哲に近づけたって、思える。」


笑って言えば、哲は固まる。変なこと言った?と首を傾げれば、哲は私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
よくわからないけど、変なことを言ったわけではないらしい。それがわかって私は一安心した。私の頭のうえにあった哲の手は、いつのまにか滑り落ちるように私の頬にたどり着いていた。春風が、私と哲の間を駆け抜けていく。時間が、止まったような気がした。









恋春