Glorious Days
(黒髪・たれ目・同じ苗字。私の付き合ってる人。)






野球部の練習を見に行かないかと、アイコに誘われた。
試合でもないのに見に行ってもいいの?と聞いたら、たぶん大丈夫だろうとのことだった。
8月、外は太陽が照り付けて乙女の肌には敵でしかない紫外線が、私へと降り注ぐ。


「あつーい…」
「もお、ってばなんで帽子持ってこなかったの?」


アイコは溜息をつきながらそう言って、私を見た。
アイコの指摘はごもっともだった。
炎天下の中フェンス越しにだけどグランドを見学をするというのに、私は帽子を持ってこず今現在困っていたりする。
日焼け止めは一応塗ってあるものの、剥き出しになった腕が少しヒリヒリしてきたのは、あきらかにこの8月の太陽のせいだ。


「もういいや、タオル乗せちゃえ。」


私はそう言ってカバンの中からハンドタオルを取り出しそのまま頭に乗せる。
その時に指に当った自分の髪が異様に熱い事に少しだけ驚いた。
フェンスの向こうから、元気な声が聞こえてくる。


「にしても、野球部はすごいね、頑張ってる。」


アイコはそう言ってフェンスにカシャンと指をかける。
その視線の先は、見ないでもわかる。

花井くんだ。
アイコは意外と(失礼かもしれないけど、本当に意外と。)乙女だ。
きっとこうして野球部の練習を見に来たのも、部活で忙しいと言ってぜんぜん会わない花井くんをどうしても見たかったからだろう。
そういえば私も、隆也を見るのは1週間ぶりだ。
今はお盆休みの直前。あの祭の後一回だけ会ったものの、それ以来は電話さえしていない。
2日に1回メールを交わす程度だった。


「こんなに頑張ってるのに、休んででも会いに来いなんて我侭、言っちゃうなんて、私最悪だ。」


溜息をついて、そう一言。
私はそんなアイコに驚いて、え?とアイコを見つめる。
するとアイコはグランドから目をそらし、クルリと身体を回転させた後フェンスにもたれかかった。


「喧嘩しちゃったの。電話もメールも来ないから、いい加減にしろッってね。」
「へぇ…、アイコでもそんな風になるんだ。」
「私、好きな人にはものすごーく甘えたいの。なのに、全然、梓はわかってくれない。」


アイコはそう言って、フェンスにもたれたままズルズルとその場にしゃがみこんだ。
そして、膝を抱えて顔をうずめる。


「だけど、押し付けただけだった。梓に言われたんだ、俺は野球が一番だって。だから、梓がそんなに野球を好きなら見てやろうじゃないの、って意気込んできたんだけど。見に来て失敗だったかも。自信喪失もいいところだわ。」


そう言ったアイコの背中がちょっとだけ震えてる。
こんなアイコを見たのは初めてだった。
いつも自信に満ちた表情で、胸を張って前だけ見ているような印象さえ与えるアイコ。
だけど今のアイコは、全くの逆だ。自信がなさそうで、背中を丸めて前を見ようとしない。
…恋って、人を弱くするんだなぁ。私は能天気にそう考えていた。


「ちょっと、慰めるぐらいしたらどうなの?ボーっとしちゃって。」
「あ、ご、ごめん!その、アイコ、元気出して?」
「…あーなんかムカツク。はいいなぁ。」


アイコはそう言って、同じようにしゃがみこんでアイコの顔を覗き込んでいた私のほっぺたを左右に引っ張った。


「いひゃいいひゃい」
「私、阿部くんになりたかったなー。みたいな彼女、ほしかった。」


アイコは、ほっぺたを放してそう言う。
私は首を傾げた。


「だけどアイコ、女の子だよ?その場合私は彼氏じゃない?」
も女じゃない。それに、私が阿部くんになったなら、私は男になったことになる。」
「そっかー。私も、アイコみたいな彼氏が欲しいよ。」


私はそう言って、えへへ、と笑った。
すると、後頭部を誰かにべしっと叩かれる。
その拍子に、ずっと頭に乗せていたハンドタオルがひらりと地面へ落ちた。


「いたぁッ」
「なに、こっそり浮気みたいなこと言ってんだよ。」
「あ、隆也。」


私を叩いたのは隆也だった。
首にかけていたスポーツタオルで頬を伝っていた汗をグイと拭いている隆也に、どうしてここに?練習は?と聞けば、今休憩中、と答えられた。


「ったく、来るなら言えよ。んな所にずっといたら熱射病か熱中症になるのがオチだぜ。ベンチ、入れてやっから。」
「え?あ、そっか。ありが…」
「やッ、嫌だ!」


お礼を言おうとした瞬間、その言葉をさえぎるようにアイコが叫んだ。
大方、花井くんと顔をあわせたくないんだろう。
私はなんとかできないものかと、アイコの顔を覗き込んだ。


「でも、話し合ったほうがいいんじゃない?」
「今、顔あわせても私絶対にひどいことを言うわ…。それに、梓はきっともう私のこと嫌いになってる。」
「そんなこと…」
「ないわけがない。だって、私は…………あず、さ?」


アイコは顔をあげて、そう呟いた。
私もアイコの視線を追って、花井くんを見つける。
花井くんは、私とアイコの目の前に立っていた。
次の瞬間、アイコは立ち上がり何処かへ走っていった。
私は突然のことに頭が働かず、アイコの名前を呼んだだけで、追いかけることが出来なかった。
すると、横から隆也の溜息が聞こえてくる。


「花井、モモカンには俺から言っとくから。今日は帰れよ。」
「…悪いな。」


隆也の言葉にそう返して、花井くんはアイコが走っていったほうへ駆けていった。
そんな花井くんの背中が見えなくなると、隆也がまた溜息をついた。


「ベンチ、行くか。」
「あ、うん。」


手首を隆也につかまれて、そのまま引きずられるように歩く。
心なしか、怒ってるみたいな隆也に私は少しだけ不安になった。
それでもなんで怒ってるの?なんて、聞く気にはなれず、そのままベンチに座る。
屋根付きだから、空気がひんやりとして気持ちよかった。


「あれ?花井くんは?」
「帰りました。今日は体調が優れなかったみたいなんで。」
「そう、確かに今日の花井くんはちょっと変だったものね、大丈夫かしら。」
「大丈夫だと思うっす。明日にはまたいつも通りですよ。」


中途半端に丁寧な言葉で、隆也は女の人と喋っていた。
あの人は、確か監督さん。同じ女として、あの大きな胸は尊敬の念を抱きかねない。
そんなことを考えていたら、隣に座った誰かに声をかけられた。


「久しぶり、阿部さん。」
「あ、栄口くん。こんにちわ。」


栄口くんだった。
ニッコリと笑った栄口くんと、少し話をしていたら監督さんが、さぁ練習再開するよーと元気よく言った。
その声を合図に、みんながグランドへと戻っていく。
私はそんなみんなが頑張っているのを、結局練習が終わるまでずっと見ていた。







「みんな頑張ってるんだね、私ちょっと感動した!」


夜道を歩く私は、少し興奮気味にそう言った。
自転車をひきながら隣を歩く隆也は、へぇ、と興味なさげに返事をしただけ。
自分の部活のことをほめられてるんだから、もう少し反応してもいいんじゃない?と心の中で呟いた。


「アイコと花井くんは、どうなったんだろ。」
「さぁ?まぁ、大丈夫だろうけどな。」
「私、思ったんだけど。恋って人を弱くするんだね。」


すごーくまじめに、そう言った。なのに隆也ときたらその言葉を聞いた瞬間吹き出して、こっそり笑う。
ひどいったらありゃしない!私は、ちょっと!と抗議をしつつも、同じように笑った。
フ、と見えた家の前に止まってる車によって、その笑いは一気に消えうせたけど。


「…?」


急に笑いが止まった私をいぶかしむように、隆也が立ち止まった。
私はその場で動かなくなって。ドクドクと心臓が早く鳴った。
頭の中で、色々なものが甦ってくる。
私はかろうじて、隆也に言う。


「帰りたく、ない。」
「は?」
「お願い…嫌、家、帰りたく、ない」


言葉が上手く、言えない。
あの車から、目が離せない。
あれは、間違えなく父さんの車。
あの車体、あのナンバー。
忘れない、忘れない、父さんの、車。
私をココに連れてきた父さんの、車。


「やだ…」
「どうしたんだよ、おい…」


混乱していた私の肩をゆすって隆也がそう言った。
私は首を振って、嫌だ、と繰り返す。


「父さんが、来てる…」
「は?」
「あの車、父さんの…嫌だ、やだ……」


泣きそうになって、私は目をつぶる。
すると、隆也が私の手をギュッと握り締めた。
少し熱い、隆也の手。
あれ、ぐちゃぐちゃだった頭の中が、ちょっとだけ、元に戻ってきた。


「隆也、お願い。今家には、帰りたくない…」
「……わかった、いや、よくわかんねぇけど。俺の家、でもいいか?」


無言で頷くと、隆也は私の手を放して自転車に跨った。
乗れ、と短く言ったので、私は荷台に乗る。
変なの、隆也の背中を見ていたら、だんだんと落ち着いてきた。
恋は人を弱くする、だけど、強くするかもしれない。
そう考えたら、隆也の存在が私の中で大きくなってきていることに気付いた。
恋は不思議。あんなにもぐちゃぐちゃになってた心の中を一気に静めてくれるんだから。


































大丈夫の魔法
(あなたの存在が、魔法になってる)